福祉の間

春間近かですが、新型コロナウィルスの報道があふれています。感染すると体内で遺伝子に対応してコピーをつくり自然に増殖するとのことで、検査法や治療法がまだ確定されていない状況です。奈良県での感染者は少ないので市中感染の様相ではないのですが、それでも日々、多くの方が来られたり、県外に通勤されたりしているので、決して予断を許さない状況です。
福祉には日本古来より継承されている「間」があります。時間的なこともありますが、距離的なこともあり、また心情的なものも含まれています。時間的なものは、人の思いや行動は日々変化することを前提にして、待ってあげること、しばらく暖かく見守ってあげることになります。その間に相互に良い方向に成長することを期待しています。距離的なことは、一定の間隔をとることから、思い入れも極端になることがないように俯瞰する意識が求められます。心情的なことは意外と難しく、高度な福祉技法になります。年齢を経ても、障害があっても、持病があっても人は心身ともに成長することから、思いも主張も価値観も変異することを信じることになります。
今の時代はSNSなど短文で分かりやすくい言葉が飛び交っているので、ともすると結論を急いでしまいます。ゆっくりと事例を交えて物語のように長く話すと、聞いている方によって受け取り方が違ってきて、最後には、“何を言いたいの・・”などと質問されるようになります。一方、それに時間をかけて、親身に聞いていくと、表情などから言葉だけでは表現できない思いを感じてくることが多々あります。
福祉は一方的に結論を出すものではなく、正と非の間にある曖昧な範囲の結論として“なんとなく良い“を求めています。昭和のTVコマーシャルに”そんなに急いでどこ行くの“のナレーションのバックに”♫の~んびり行こお~よ世の中は・・“の歌が流れていました。あの時代には日々の暮らしに福祉が根付いていたのだと懐かしく思います。

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