新・信頼

このところ新型コロナ対策で成果が出てきていますが、専門家からはその大きな理由が国民性にあるとの指摘があります。日本人は日頃から手洗いやうがい、マスクの着用などに心がけているので、それが諸外国と大きな違いがあるとのことです。私たちは日常的に朝は歯磨きからはじまり、トイレの後や帰宅後に手洗いをし、また就寝前には歯磨きを欠かしません。Stay homeでは在宅を守り、勤務も最低限にして外出の機会を減らすことが最大の感染予防と心得ています。
日本は同じ民族で長い間、家族や集落が協力して日々の暮らしを支えてきました。春には田んぼで田植えをして、秋にはみんなで稲刈りや収穫祭をしてきました。その習慣が受け継がれていたことの素晴らしさを感じています。私が育った愛媛県新居浜市の村では稲刈りの日や秋祭りは小学校が休みになり、近所でお弁当を持ちより稲刈りが終わった田んぼの畔に腰かけて食べたものです。そこで各家庭のこと、年寄りや子どもたちのこと、また嫁いできた方の紹介などもありました。こんな田舎の風習が全国にあり、それが暮らしを形作る土台になっていました。それでも徐々に工場労働が増え、よそ者が入るようになりよき風習が薄れてしまいました。
奈良は昔の風習が色濃く残っている地域で、私が障害者福祉に関り始めたころは、相手を思いやる気持ちが残っていて、関係機関や他の事業所との連携も強くありました。それが福祉制度が成果方式になるにつれて、直近の結果を求める事業に代わってきました。以前のように時間をかけて寄り添う、伴走型の支援ができなくなりましたので、支援の手法と共に“福祉のこころ”について、説明する機会が増えてきました。以前ならば分かり合えたことが今は言葉を尽くして伝えることをしても、それでもなかなか理解が深まらなくなり、徐々に「信頼」が無くなってきています。安心・安全な暮らしを支援する福祉の現場から共助や協働が無くなりかけています。
一方、IT化によるデータサイエンスが広がることで産業に良い影響が生まれ、行政政策も具体的に分かりやすくなると、不思議なことに新たな薄れていた共通認識が生まれ始めています。以前の身近な関係性ではないけれど、相手を思いやるシーンが見られるようになりました。この傾向が新しい時代の福祉に繋がることを期待して、こころと手法を組み合わせた「新・信頼」を作り上げたいものです。

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