新・働き方

新型コロナウィルスの感染拡大が止まりません、日本国内だけでなく世界に広がり、感染力の強さと共に重篤な症状を訴える方や多くの死者も出ており、このままでは早期に医療が崩壊することが懸念されます。報道では、クラスター発生源、オーバーシュート拡大、ロックダウン町の封鎖など、日ごろは聞きなれない単語が使われようになりました。各自が行動を制限して、感染しない、また感染させないことを心がけることしか現状では対策がないようです。
これが奈良の観光業、飲食業、小売業また通常の商取引にも大きな影響を与えています。奈良公園から観光客が極端に少なくなり、この期間で宿泊予約が約20,000件キャンセルになったとのことです。それに準じて観光地のおみやげや小間物店、飲食店等の売り上げが下がっています。またイベントが中止になったことで、関係者から印刷業も仕事が半減しているとのことです。福祉関係でも新しい施設の建設や改装で便器や水回り設備が品切れになり、完成が遅れているとのことです。マスクの品薄からグローバル化の時代には、世界で分散して製造されていることや、どこかの国で問題が生じると日本経済にも大きく影響することを知りました。
人の移動制限から通勤も自粛されたので、在宅型のテレワーク就労を始める企業が増えています。これまで外資系企業では当然のように行われていたテレワークが日本型の経営でも活用するとのことです。技術の進歩と共に働き方の意識も変わってきたようです。昨年発表された働き方改革では、同一労働同一賃金、最低賃金の上昇、雇用条件の明確化、業務の細分化により、徐々に業務分野が限定されることで、従来の専門職が担っていた働き方に近づいてきたと感じています。
日常業務で習得した専門性を企業内だけでなく、ダブルワークや自営業で広く社会に活用する傾向が確実に増えています。一方、企業もジョブ型雇用制度により外部で培った専門性を即活用できる人材の採用を進めています。年功序列や終身雇用、また企業内福祉が日本式経営の中心でしたが、これが契約型雇用による仕事だけの関係になり始めています。グローバル化が進むことで海外の価値観や意識が広がり、働き方も変えていくことになります。これからは未来の働き方を認識して準備する必要性を感じています。

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自己判断

新型コロナウィルスの感染者が世界中で日々増え、政府も小中高学校の一斉休校を発表され、また大規模な集会やイベントの自粛も呼び掛けています。連動して特別措置法が制定されて急速な拡大を防止するために、行政権限を強化することも進められています。世界各国が緊急対策として、入国制限や禁止の措置が取られたことで、旅行者が激減し、商店が閉店するなど、都市から人が消える悲惨な状況になっています。
発生直後は、中国からアジアに広がりを見せたことから東洋人に対する差別的なことや、また感染は高齢者や呼吸器系疾患者に多く、若者には影響が少ないとの報道もありました。店頭からはマスクや消毒液がなくなり、医療機関や福祉施設でも調達が難しくなっています。
全国の福祉の現場では、利用者の感染が報じられていますので、私どももマスクの着用、手洗いやうがい、アルコール消毒、濃厚接触の注意などを心がけ、咳やくしゃみや発熱など体調管理に特別敏感になっています。福祉業界は研修会、セミナーなど小規模の会合が日々開催されていますが、報道を受けて多くが中止やTV会議に変更されています。
感染状況が長期化し各方面で企業活動が停滞したことで、株価は急落し、円高が進み、海外に依存している部品の調達ができなくなり商品化が大幅に遅れています。また観光業やイベント関連、飲食業、観光バスはキャンセルが続き大打撃をうけています。
そのようなときに、SNSでトイレットペーパーが品薄になる、ニンニクや生姜が免疫力を高めるので新型コロナに効果がある、また花崗岩がいいなどのフェイク情報が横行しました。以前はこのような間違った情報が拡散されることはなかったのですが、個人メディアが普及し大規模に拡散される時代になると、エビデンスのない曖昧な情報がネット上に広がります。大手メディアがそれなりに取材をして、見識ある判断でニュースがつくられ、報道されてきましたが、SNSでもツイッターなどの個人メディアの情報は、“いいね”や“ツイート”数ではなく、同時に大手メディアを確認して、意見の違いや類似性から信ぴょう性を判断することが必要になります。
フェイクニュースは信じたときは被害者ですが、それを拡散した時点で加害者になるので、自己判断が求められるようになります。

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福祉の間

春間近かですが、新型コロナウィルスの報道があふれています。感染すると体内で遺伝子に対応してコピーをつくり自然に増殖するとのことで、検査法や治療法がまだ確定されていない状況です。奈良県での感染者は少ないので市中感染の様相ではないのですが、それでも日々、多くの方が来られたり、県外に通勤されたりしているので、決して予断を許さない状況です。
福祉には日本古来より継承されている「間」があります。時間的なこともありますが、距離的なこともあり、また心情的なものも含まれています。時間的なものは、人の思いや行動は日々変化することを前提にして、待ってあげること、しばらく暖かく見守ってあげることになります。その間に相互に良い方向に成長することを期待しています。距離的なことは、一定の間隔をとることから、思い入れも極端になることがないように俯瞰する意識が求められます。心情的なことは意外と難しく、高度な福祉技法になります。年齢を経ても、障害があっても、持病があっても人は心身ともに成長することから、思いも主張も価値観も変異することを信じることになります。
今の時代はSNSなど短文で分かりやすくい言葉が飛び交っているので、ともすると結論を急いでしまいます。ゆっくりと事例を交えて物語のように長く話すと、聞いている方によって受け取り方が違ってきて、最後には、“何を言いたいの・・”などと質問されるようになります。一方、それに時間をかけて、親身に聞いていくと、表情などから言葉だけでは表現できない思いを感じてくることが多々あります。
福祉は一方的に結論を出すものではなく、正と非の間にある曖昧な範囲の結論として“なんとなく良い“を求めています。昭和のTVコマーシャルに”そんなに急いでどこ行くの“のナレーションのバックに”♫の~んびり行こお~よ世の中は・・“の歌が流れていました。あの時代には日々の暮らしに福祉が根付いていたのだと懐かしく思います。

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新・学び方

新型コロナウィルスの感染報道が過熱していますが、まだまだ病原菌の実態が解明されていないようで、適切な治療法も示されていません。多くの方が不安を抱いたまま日々の暮らしをしています。発熱から肺炎を併発するとのことなので高齢者や障害者には警戒が必要です。当初は、動物からのみで人・人感染はないとのことでしたが、すでに3次感染まで想定される状況です。新型で不明な病原菌については初動対応が大切とのことですが、油断からか今回も過去の反省を学ぶことができなかったようです。
昨年から障害者の在宅就労に取り組んでいます。身体上に課題があり自力移動に困難さがある方や精神的に通勤電車で多くの方と触れ合うことに懸念のある方などが、従来の通所による就労訓練を受けるスタイルから、在宅で訓連を受けることができるテレワーク支援を利用される方も増えてきました。この方式は対面で細やかな説明や操作を瞬時に学ぶことはできませんが、距離がありネットのPC画面対応になるので、一定の学びの間隔が生じてきます。日々のスケジュールも一度に数ページほど学ぶこともあれば、1ページを確認し、納得して進めることもできます。通所ではどうしても数人の集団になるので、全員が同じ内容を同じスピードで進行することになりますので、いつの間にか競争意識が生まれ、早いものと遅いものなど順番がついてきます。
一方、テレワーク訓練は、画面上に仮想の訓練室がつくられますが、訓練の課題や進行は個別に違ってきます。そのために競争が生じることはなく、課題によっては、もう少し詳細に学びたいと思えば、テキスト動画を再生し何度でも繰り返し確認できるので、自分のペースを守って進めることができます。
今日、小学校でも本格的にプログラミング授業が開始することになりました。一人に1台タブレット端末が配布されるので、従来のWebサイトを検索することから、PCのIT機能を有効に活用して、ゲームやビジネス作品が作り出される可能性が広がります。
ネット環境や情報端末が高度化されることで社会の仕組みが大きく変化するので、それを支える若者向けの教育法が変化していきます。教師が生徒を教えることから、AIが知識を教える役割になり、教師は社会生活で大切な考え方や思考の基本的な分野を担当すると想像できます。
ある科学者たちは今を第4次産業革命の時代と位置付けています。技術が進歩することは便利さが増しますが、その反面、生き物である「人」の成長が偏ることを懸念します。

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常識の壁

例年なら大寒のこの時期は1年で最も寒いのですが、今年は暖かくてすでに菜の花が黄色く咲き始め、ブロッコリーの枝芽も硬くなり始めています。暖冬は高齢者には過ごしやすいのですが、季節のサイクルを考えると、この先なにが起こるのか心配になります。グレタさんたちの主張に真摯に聞き入ることの大切さを感じています。
障害福祉ではいつもと違うことが得意でない方がいます。事前に伝えられていることなら段取りよくできるのですが、急に修正や追加が入るとその時点で戸惑ってしまいます。多分、ご自身で入念に準備して「こと」に臨んでいると思います。その方の気持ちになれば、まじめで慎重であれば、“予定と違うこと”に戸惑うのは当たり前のように思います。世間では、それを生真面目と表現し、もう少し深まると“融通が利かない”など、厳しさが増します。
どこかで社会の常識を作り出す基準が動くことで、同じことでも正反対の評価になることがあります。新基準に分かりやすく、納得できる根拠や理由があればいいのですが、往々にして“大人だから、みんながそうだから・・”と誰か大きい声が断裁してしまうようです。
この融通性の度合いが障害認定の基準になります。発達障害の医学的な判断は画像診断でも血液検査でも身体の機能評価でもなく、いくつかの設問から標準値との差で評価されます。乱暴な表現ですがDrのその時の気持ちも大きく影響することもあると聞いています。ただ人がすることなのでこの曖昧さが悪いわけではないのですが、これで救われる方もいれば、深みにはまる方もおられます。診断結果は患者により受け止め方が違うのですが、繰り返されることで自然に世の中の「常識」になります。
一方、歴史的には普通でない、融通が利かない、こだわりが強いと言われている方たちの活躍も見られ、素晴らしい仕事や新たな理論を作り出しています。彼らは時代を牽引する役割も担ってききました。民主主義の時代にこだわりが強い彼らが多数の意見を俯瞰して、時に論理的な意見を述べることで、学説や制度を改良し修正する機会を与えることにもなっています。常識や習慣は日々の暮らしに大切ですが、私たちは一つの基準だけでなく、多様な常識が生まれることも受け止めることになります。
冬が冬らしくないのも、これもよしになるのかな・・。

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